所沢市議会議員 浅野みえ子

2014年 1月 29日 (水)

懐かしい方々にお会いできた日

by 浅野みえ子

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政策討論会のチラシを配布した議員(事務局の職員の方、2人もいつも協力して下さいます)
 29日(水)は、人間ドックの受診日。
昼に、行く所があるのでなるべく早くに終了したく、受付を朝6時30分にしてみました。こんな早いの初めてです。有り難い事に、我が家は市民医療センターに車で5〜6分で行けます。

 市民医療センターに6時20分に着きました。すでに、センター入り口に「4人の方」が並んでいました。6時30分に入口が空き、受付のある2階に行き名前を書いて家に帰りました。

 次に、8時30分位に行きました。すぐに1番の方が始まり5番の私は、8時40分前には着替えて受診が始まりました。そして順調に終わったのが10時でした。
 嬉しい事が2つ。受診して下さった検査技師の方と、看護師の方に私が、幼稚園教諭時代に担任をした園児のお母さんが1人づついらっしゃいました。社会人になられたお子さんの様子も教えていただき嬉しくなりました。

 もう一つ。視力が、右目も左目も「1.5」でした。(去年は「1.2」だったのに)また、聴力なのですが、今年は大丈夫でした。(去年は、右耳が低い音が聞こえにくかったのでが・・・)確かに、日常でも聞こえにくい事が減っています。他の検査結果がドキドキしますが、「郵送で3週間後」との事でした。(結果を問診で直接お聞きする方が早いようです)

 昼に所沢織物文化研究会(小川英樹会長)の新年会に参加しました。

今回も「所沢の飛白(=かすり)」の話をお聞きしたり、
 
入間市にある旧石川組製糸の迎賓館として建造された「西洋館」等の話をお聞きしました。業績が良かったのに関東大震災や日中戦争で、石川組製紙工場(貿易で倉庫としていた横浜の大きな倉庫も)燃えてしまい、経営不振になり地域の社会、経済に大きな影響を与えた事とか・・・詳しい方が多いのです。

所沢の「湖月縮・ちじみ」の事も話題になります。「湖月縮・ちじみ」に詳しく大事に保管していらして、所沢市に寄付して下さった越坂部三郎先生は、今年は不参加でした。お元気ですが外出を控えていられるそうです。

 夜6時から、所沢市議会で行う「2月1日:政策討論会」のお知らせチラシを、新所沢駅で教宣活動で配布しました。(有志議員が)私は、幼稚園があった東口で配布しました。

 嬉しい事に、卒園生1名と保護者の方5人にお会いできました。10年以上お会いしていないお母様方ですが、みな様変わらず若いのですぐ分かります。子どもさんの近況を教えて下さる方もいて笑顔になります。卒業生は大学2年生でした。変わっているので分かりません。でも「浅野先生ですか?」と声をかけて下さいました。
照れるくらい大人の顔と雰囲気になっていて・・・。でも苗字を聞いたら名前を思い出しました。

「大変な時代だけど頑張ってね」と話したら「大学に入れてくれた親に感謝しています。勉強しています」と清々しい応答が・・・。

 安倍首相は「解雇特区」や、首切り自由の「限定正社員制」、残業代をゼロにする「ホワイトカラー・エグゼンプション」と言う制度を導入する可能性を持っています。辞めていただきたい。とてもじゃありませんが、これ以上格差が広がり働く者に不安定な生活と不安定な精神を作る日本にしてほしくないと強く思います。


2013年 12月 28日 (土)

消防団の歳末特別警戒ありがとうございます

by 浅野みえ子

 消防団が「歳末特別警戒」を28日、30日、31日として下さいます。 28日(土)に吾妻地区の第8分団の詰所を訪問し、激励して来ました。(私が激励に行ったのは今年が初めてです)

夜の8時位に行きましたら、分団員のみな様、協力会のみな様がいらっしゃっていました。しばらくして詰所の前に並びましたら、8時40分位に藤本市長が訪問されました。市長から温かい激励のご挨拶をいただきました。

市長と一緒に激励に来て下さったのは、副市長、危機管理官、危機管理課長、所沢消防団長、副団長、消防署分署の署長が数人でした。10分団全てに激励に行くそうです。

その後、8分団の消防車に分団員の方々が乗り、火災予防広報のため詰所を警鐘「カンカン」を鳴らし巡回に出ていかれました。22時まで巡回して下さるそうです。残ったまかない係の分団員の方々が鍋を炊き出し始められました。男の世界だなあと思います。私は、コーポラスの理事長と一緒に帰って来ました。

多くの市民がくつろいでいる時間に、こうやって特別警戒をして下さっていて。いつもながら消防団員のみな様には頭が下がります。


 同じ日の30日、友人から電話を貰いました。所沢陸橋〜所沢駅東口の交差点までの東幹線道路の舗装改修工事が、12月25日で完成しました。この幹線道路脇から10メートル離れた住宅街に住む友人ですが、「工事してから、車の振動に悩まされないで静かに寝られました」との事でした。友人の近所の方々も「良かったわ、東幹線が綺麗になって大きなトラックの振動で悩まされる事がなくなったわ」と、話しているとの事でした。

道路の部分舗装や、亀裂が人家に与える振動って嫌なものなのですね。特に、夜中に・・・(自分は、マンションなので感じませんでしたが)舗装改修工事って本当にありがたいです。なんせ、この東幹線道の全面改修は40年ぶりです。

27日(木)から、久しぶりに休みになりやっと家の掃除をしています。
20年前に購入した冷蔵庫が壊れました。今度は、今までの半分位の物を探しましたがないものですね。3分の2位の大きさです。(値段は3分の1位でラッキー)子どもたちを育ててくれた冷蔵庫に感謝しながら掃除をしました。


2013年 12月 22日 (日)

一般質問が終わり・・・予備日です

by 浅野みえ子

 17日(火)に、 12月定例会の一般質問が終わりました。

今回は29人の議員が質問をしました。朝9時から5時近くまで1日、6人の方の一般質問を内容を聞くことは正直疲れますが、大変勉強になります。

市民の方で、インターネット中継をずっと見て関心を持って下さる方がいられるようで、敬意を表します。
決算特別委員会の委員長報告をインターネット中継で来て下さった方から、メールをいただきました。

「浅野さんの委員長報告で」との事で・・・
委員会で既に「○○党を代表して反対の立場から」発言した同じ人が議会で改めて同じことを何故討論する(させる?)のか、せめて委員会メンバー以外から発言すべきでは?人選はどうやって決めるんですか?と。・・・
 
良く議会の内容を見ていられるのだなあと、感心しました。

19日(木)に12月教育委員会会議がありました。傍聴しました。

報告事項の中で次の報告がありました

1.12月定例議会に「第5次総合計画」の修正を議案提出した
・修正・追加は「私立学校の誘致と(学期制は)新しい枠組みを考える」
・9日に総務常任委員会が開催されて全会一致で可決しました

2.教育委員会事務局が検討した「教育課程の新しい枠組みを考えるプロジェクト会議」の結果報告書が出ました

・・メンバーは
・座長:教育総務部長
・副座長:学校教育部長
・次長、参事、主幹、主事、主任

・「2学期制を生かした新たな3学期制」に向けての分かりやすい報告書でした

・中に、(仮称)学期制検討委員会を設置(有識者、教育委員会事務局、教職員、PTA等) する事が書いてありました

※教育委員会会議が決めたことを着実に、事務局が受けて丁寧に仕事をしてる事がわかりました

※孫が胃腸炎になり(ママも)子守を・・・いつも仕事に忙しくなかなか孫の相手が出来ないので休会日が役に立ちました。


2013年 12月 12日 (木)

トコろん、コバトン、春日に応援されて「所沢シティマラソン大会」に参加しました

by 浅野みえ子

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会場に設置してあったトコろんたちと:走る前です
8日(日)は「第24回所沢シティマラソン大会」でした。

 所沢シティマラソン大会には全国から多くのランナーが参加しています。今年も北は北海道から南は九州まで、多くの参加者で西武ドームはむんむんでした。8日は晴天に恵まれましたが、空気が冷たい日でした。

今年も私は「5キロの部」に参加しました。3回目です。

 大会は、3.2キロの時点で29分を超えていたら走行中止になるので、今年も3.2キロまでは、どうにか25分位で走れてこの時点で安心しました。

沿道には、体育協会の委員の方々や、PTAの方々や、近くの市民の方々が大きな声援を送って下さいました。ありがとうございました。

ラストに、ドームに帰ってきたら議員の方々や、部長やマラソン関係職員のみな様が温かく迎えて下さいました。大会を開催して下さいました関係者のみな様方ありがとうございました。気持ちが良い経験でした。

今年は、39分34秒でした。
60歳以上の女子で、32番でした(45人中)


2013年 10月 11日 (金)

気分転換し、なおかつ身体を動かさなくては・・・

by 浅野みえ子

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矢切の渡しから船に乗り〜江戸川〜
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柴又帝釈天
 市議会では、平成24年度の決算特別委員会が開催されています。
10月1日、7日、8日と続いています。来週16日まであります。(=17日は、予備日です)
 決算特別委員会は、9人の議員が責任を負います。よって、1期の中で1回しか決算について質疑を行えないので大変重要な役割でもあり、やり甲斐がある委員会委員です。この時の質疑や意見が来年度予算に影響を与えるかもしれないのです。

 今回は、私も委員です。委員は、浅野、 青木議員、 荒川 議員、 赤川議員、 入沢議員、 吉村議員、 植竹議員、 大舘議員、 荻野議員です。そして、今回、私は委員長に選任されました。委員長は審査が円滑にかつ効率的に議事運営できるように司会をする事が主な役割ですので、質疑を委員長はしません。 (その時に、副委員長に委員長を変わっていただき質疑をする事は出来ますが)したい内容は、同じ会派の議員の方にお願いする事になります。

 質疑をしない委員長は、残念なのですが、順番に来るだろう役割ですので受けました。決算特別委員会の委員長は思ったより緊張しました。前面に横並びに議員が並び、対して多くの職員の方々が列を作り座します。(部長始め管理職の方々:その部署ごとですが、時には50人近くの職員の方が座します)
 委員が質疑をしたら、それに対して担当所管の職員が(主に課長)挙手をし、委員長が指名をして答弁をするのです。1問1答で続けられます。

緊張している事が自分でわかりびっくりしたのは、普段、何気なく読んでいた漢字がふっと頭が真っ白になり読めなくなってしまいました。
それは「款」です。頭の中で「かん」と言っているのに、一瞬「違うのでは?」と思い声が出ませんでした。思わず隣にいられる青木副委員長に聞いてしまいました。「かん」と言っていただき「良いのだ」と思い、安心して読みました。

今までも議場で建水常任委員会の委員長報告をしている時にありました。「狭山丘陵」をふっと頭が真っ白になり「さやまきゅうりょう」と思いながら、「さやまきょうりゅう」と言ってしまいました。思い出すと恥ずかしいです。その時もそう言えば初めての委員長の時でした。

とは言え、決算委員会委員の質疑答弁を聞いていて大変、勉強になります。

 先日、知人と話していたらお互いに共通の知人の方(=Aさんとします)が、ある会合の挨拶の時に、2分間くらい途中で挨拶が止まり黙ってしまったそうです。いつも原稿なしで講演もされる方ですので驚きだったそうです。Aさんに後で聞くと「突然に頭の中が真っ白になった」そうです。70歳の方です。あまり体を動かさないお仕事の方です。

9月定例会後も、松崎議員の結婚披露宴に参加、北秋津町内会体育祭に参加、「所沢駅西口地区共同化勉強会(=地権者)」に参加、戦没者追悼式参加、9月定例会市政レポート(=北秋津地区版)」の作成、印刷、ポステイング・・・と、毎日忙しくしていたので、

気分転換に、10日(木)は、以前から行きたいと思っていた「寅さんの柴又〜矢切の渡し」を1日かけて散策してきました。良く歩いてのんびり出来ました。たいして使ってはないのですが、頭だけではなく身体も動かさなくては・・・と、強く思っている近況です。


2013年 8月 30日 (金)

「零戦」のエンジン始動&地上走行見学会に行きました

by 浅野みえ子

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屋根が開いています
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パイロットが乗って屋根を閉めました
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観客のみな様方です。もっと多くの方々が見学されてます
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シンプルで綺麗な零戦の全体像
 28日(水)夕方、零式艦上戦闘機「零戦」のエンジン始動&地上走行見学会に行きました。

所沢航空発祥で開催されている特別展「日本の航空技術100年展」の催しとしてのイベントです。
アメリカのスミソニアン博物館に展示されている「零戦」を借りてきたのです。
アメリカン人のパイロットの方が、運転席に乗り零戦のエンジンを始動させて、地上走行(タキシング)をして下さいました。

記念館館長の説明では、そのパイロットの方はスミソニアン博物館の持ち主の方だそうです。

 エンジンをかけて音がしてプロペラが回った時は、シンプルで綺麗な飛行機が動いて歓声が湧きました。綺麗だなあと思いました。また、狭い敷地を地上走行した時も製作者の堀越二郎が目指した「飛行機を美しく作る思い」が、確かに零戦にはあると思いました。

映画「風立ちぬ」に堀越二郎の思いが表現されていました。、

 零戦が止まった後、観客の方からの質問にパイロットの方が答えるコーナーがありました。
それも有意義でした。

質問
:なぜスミソニアン博物館が保持するようになったか?

答え:戦争中、中島製作所が作った零戦1万350機中、アメリカが◯機、没収した。当時は分解もした。素晴らしい機能を持った飛行機だと思った。(確か、20機と聞いたような気がしますが、あやふやです)
戦争が終わって、13機スミソニアン博物館が保持するようになった。

質問
操縦してどうですか?

答え
馬力があり、 軽い 運転しやすく 優れている

質問
新しいのつくるとしたら費用は?

答え

6億ドルかかると思う。

(え????)

との事・・・

綺麗で可愛らしい飛行機でしたがその後、いろいろ複雑な思いが湧いてきました。

・当時の日本軍が(当時は戦争の時代だったので)必要とした、一人乗りで、燃料もあまり費用がかからなくて、材料費もなるべく安くできる飛行機を、堀越二郎さんの美しい飛行機を作りたいとの思いが実現させたのでしょうが・・・
まさか、最後に片道切符の飛行機になるとは堀越二郎さんもびっくりだった事でしょう。

・日本には1機も残らなく、すべて特攻で使ってしまったとの事。パイロットの方が、零戦に乗って透明の屋根を閉めた時に神風特攻隊の事を思い出し、当時の特攻隊の日本人の若者もこの飛行機に乗って窓を閉めた時に、どんな思いだったのか?と、考えると。胸が苦しくなります。でも、当時は例え母親でも「辞めて」と言えなかった時代で・・・・・

・百田尚樹の「永遠のゼロ」では、主人公の祖父宮部の孫たちが当時の祖父の戦友からお話を伺って聞いた事は・・・

「圧倒的なアメリカ軍の空母や戦艦、改善された戦闘機グラマンなど、戦況が進むに連れ、圧倒的な日本軍との差に、実際戦ってきた戦士が感じてきたことだった。「アメリカ人は、パイロットの命を大切にするんだな。俺たちの零戦は、戦闘、攻めには優れていても、防御がまるでない。アメリカのグラマンや他の戦闘機は操縦士の後ろの盾が頑丈な鉄板でしっかりしていて、きちんとパイロットを守るようになっている。俺たちとは、考えが違うんだ。俺たちの操縦席の背中の板はぺらぺらだもんな。」と・・・・・

・「生きて帰り妻と子供に会いたい」との思いで、分析した零戦の実態です。

・とは言え、1機:6億円との事。すごい費用を当時使ったのです。


・日本には素晴らしいパイロットがいたらしい。しかし、日本軍は、戦況が悪くなると、そんなベテランのパイロットまで「特攻」に使用し、帰らぬ人としたのだ。等々・・・と、零戦を見た事で、「永遠のゼロ」の本をめくり直してみたら、いろいろ出て来ました。

・やはり百田尚樹の「海賊とよばれた男」も思い出しました。主人公(出光佐三氏)も、「日本が戦争を始めようとした時に、『日本には、アメリカやイギリスのようにエネルギーがないのだからやめた方が良い』と、当時の総理大臣に言いに行ったそう」出光氏の気持ちは「政治家に外交を上手にやって欲しいとの事で」

・戦争の発端は「経済力がついてきた日本が伸びて行くのを抑えようとアメリカやイギリスが自国のエネルギー燃料を日本へ輸出するのを辞めて、日本の石油企業をアメリカやイギリスが支配しようと企んで追い込めて行った」だと、出光氏は言われています。そして、「だからこそ、政治家が外交を上手にやって欲しい」と、一貫していました。出光氏は、商売で外交をスムーズに実践し政治をも引っ張って行かれた役割をされた素晴らしい方とこの本を読み思いましたが。

*大切なのは、信頼関係だ。人と人との信頼に基づけば、国境を越えて理解し合える事を、出光興産の創設者は、実践していかれました。と、著書を読み感想を持ちました。

・「零戦」のエンジン始動&地上走行見学会は8月28日(水)・29日(木)・30日(金)の3日間(1日:数回)です。申込者が多くすぐに締切、お断りも多かったそうです。


2013年 8月 17日 (土)

図書館入り口の散策コースの管理所管はどこ?

by 浅野みえ子

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現在:看板がある場所「ケイトウ」???
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現在:看板がある場所「わすれなぐさ」??
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15年前に散策コースに咲いていた「彼岸花」の15年前の写真
 15日(木)中央図書館に行った帰りに、久しぶりに夕方近く航空公園のウオーキングコースを歩きました。
その時間にも(その時間だからか?)多くの親子のみな様が、アスレチック広場周辺で遊んでいました。川遊びも盛んで歓声が飛び交っていました。
航空公園は、本当に所沢の自慢の名所です。

 川を挟んだアスレチック広場の反対側の大きな丘の道に沢山の赤トンボが、群れになって飛んでいました。夜、暗くなる時間も少し早まってきたし、秋の気配が訪れています。でもでも、まだまだ厳しい暑さが続きます。頑張らなくっちゃ・・・

 そうそう図書館に入る時に、市役所側から入ったのですが入口左側に多くの男性作業員の方々が、出来上がっていた長い竹の柵を持ち上げてセットしている所でした。日本の草花が咲いている散歩道の竹柵です。みなさんヘルメットをかぶっていらして、そこに「シルバー人材センター」と書いていました。このような仕事もシルバー人材センターの方々がやって下さっているのだなあと思いました。

 本を返した帰り道には、もう作業が終わっていたので本当に久しぶりに、この「日本の草花の散歩道」を散策してみました。それで、驚きびっくり!!

 10年位前までは、綺麗に手入れされてのびのびと咲いていた名称のついた草花や木がほとんど、枯れていました。看板があるだけでその草花がなくなっているようでした。竹柵は綺麗にしたけど散策コースの草花の手入れはしていない事が、明らかでした。残念です。

 私は、娘が高校生の頃、高校生活は勉強や部活、文化祭等とメチャクチャ忙しいのですがその合間に、一度だけこの散策コースを一緒に歩いた記憶があります。その時は、綺麗に手入れされていました。その時に写した写真が探したら、1枚この度出て来ました。それは、「彼岸花=ひがんばな」でした。15年近く前の9月だったと思います。

 この図書館入口の散策コースの手入れ責任の部署は、どこなのでしょう?市立図書館なのか?航空公園管理者なのか?調査してみます。


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